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Posted on 21/6月/2018(木)

地上天国祭・いづのめ教区全国信徒大会

地上天国祭・いづのめ教区全国信徒大会

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地上天国祭・いづのめ教区全国信徒大会

6月15日、リーガロイヤルホテル大阪(光琳の間)で執り行われました。
地上天国祭、そして、いづのめ教区発足を祝うこの祭典では、午前の部と午後の部を合わせて、全国各地から約3500人の信徒が、教主様のみもとに参集。明主様を模範に、主神の子供として新しく生まれることをめざして歩んでいくことをお誓いしました。

~「メシヤの御神」を奉唱 ~

はじめに、教主様ご先達のもと、新しく改定された天津祝詞・善言讃詞を奏上。「メシヤの御神」の御神名を奉唱し、明主様と、明主様と共におられる主神の栄光をお讃えしました。

御讃歌奉唱の後、御教え「光のお言葉」を拝聴し、教主様よりご浄霊を賜りました。
次に、白澤代表が登壇し、いづのめ教区発足の経緯を述べ、新たな出発の決意と抱負を語りました。
続いて、包括法人世界救世教の仲泊管長がご挨拶され、信徒有志による世界救世教「規則変更」反対署名活動へのお礼を述べ、今後、主之光教団といづのめ教区が連携・協働し、教主様を中心とした全く新しい体制を築いていく方針を表明しました。

~ ご神業は、新しい時代へ ~

そして、教主様がご登壇。
いづのめ教区発会後、初めてとなる祭典のご出座に、信徒は感動の面持ちで、割れんばかりの拍手をもってお迎えしました。
教主様は、ご神業が新しい時代を迎えていることを実感し、将来への展望が大きく開けたような感がするとのお気持ちを披露。
主神が、私どもの意識の中心に存在する天国において祭典を開いてくださっており、私どもに対し、地上でも祭典を行うことを赦してくださっていると述べられ、祭典は私どものためにあるのではなく、主神が現れるためにあり、人々をご自身の天国に一堂に集められ、その一人ひとりの心をお受け取りになるという、主神の救いのみ業そのものであることをご教導くださいました。

また、私どもは、主神が用意された命の道を通って天国から地上に遣わされ、この世に生を賜り、今、メシヤの御名にあって、その道を通って天国に帰らせていただけると語られました。

私どもは人間の子供ではなく、神様の子供となるために生まれさせていただいたこと、そうであるならば、私どもは、すべての源である天国に立ち返らせていただき、〝全人類をご自身の子供とする〟という主神の創造のみ業にお仕えさせていただく務めがあるとご指摘。
この主神のみ業にお仕えさせていただくことが、明主様が指し示された「地上天国建設」や「人類救済」の御用に真にお仕えさせていただくことであると信じている、と述べられました。

~ 命のふるさとに帰ろう ~

昭和29年6月15日、九分通りできあがったメシヤ会館において、「メシヤ降誕仮祝典」が挙行された当時、明主様の背後の金屏風の後ろの幕には、今日のように世界救世教のマークが掲げられていたことに触れられました。
記録に残されている当時の祭典の様子をご紹介され、私どもは皆、この仮祝典に立ち合い、私どもの罪をメシヤの御名にあって赦していただいたはずであること、私どもは今、そのことを思い出させていただき、全人類の願いを主神に取り次いでくださった明主様に感謝し、そして、メシヤの御名にあって私どもを赦してくださった主神の愛に目覚める必要があるのではないか、と語られました。

また、世界救世教のマークは、私どもの中にある私ども自身の姿であると述べられました。
マークに中心を示す丸があり、その中心から四方八方に線が伸びており、そのすべての線を外側の大きな丸が包んでいるということは、私どもの中心には、主神がお座りになっており、私どもがどのような境遇や心境にあろうとも、私どもをご自身に結んでくださって、その大きなみ手の中で、私どもを養い育てておられると思うと述べられました。

中心に向かう線があるということは、私どもが今どこをさまよい歩いていようとも、主神は、私どもの中に、天国に立ち返る道を用意してくださっており、その道こそ、メシヤの御名であること。私どもは、メシヤの御名にある赦しがあればこそ、無条件で、主神のみもとである天国に立ち返ることができ、主神の子供として新しく生まれさせていただくことができると語られ、私どもの中にある天国が、私どもの命のふるさとであり、主神と明主様が、私どもと共に住んでくださる家であるとご教導くださいました。

そして、ドヴォルザーク作曲の交響曲「新世界より」の中の、一般に「家路」として親しまれているメロディーに、ご自身が歌詞を作られたことを披露。この曲は、ドヴォルザークが、ふるさとに帰る日を夢見て作ったとも言われ、主神と明主様が、天国にある〝神の家〟にいらっしゃって、私どもの帰りを首を長くして待っていらっしゃると思えてならないと語られました。

最後に、「家路」と「偉大なる御光」を歌うその歌声に乗せて、主神と、主神の子たるメシヤとして新しくお生まれになった明主様に、心から感謝の思いを捧げさせていただきましょう、そして、明主様と共にあるメシヤの御名にあって、天国に立ち返らせていただき、その天国において、明主様を先頭に、すべてのものと共に、主神の全く新しい救いのみ業にお仕えさせていただきましょう、とお言葉を締めくくられました。

~ 教主様が作詞された「家路」を斉唱 ~

信徒の決意発表の後、参拝者は、指揮とピアノ、コーラス隊に合わせて、教主様が作詞された「家路」と「偉大なる御光」を斉唱。涙をこぼす信徒の姿がそこかしこにあり、ふるさとである天国へ立ち返り、神様をお讃えしたいとの思いに満ち満ちた歌声が、会場に響き渡りました。
閉式を迎え、教主様、まゆみ奥様、真明様は中央通路を通ってご退場され、多くの信徒の呼びかけや握手に親しくお応えになりました。

『家路』
作詞:教主様
作曲:ドヴォルザーク
交響曲第9番「新世界より」

1.長き夜(よる)を さまよいて
さがし求めた 帰り道
神はわれら 呼びたもう
道を照らし 迎えんと
聖(きよ)きひかり 賜りて
ともに帰ろう ふるさとへ
神の家 神の家

2.忘れかけた ふるさとを
思い出した うれしさよ
神はわれら 呼びたもう
永遠(とわ)のいのち 授けんと
聖(きよ)き愛を 賜りて
ともに帰ろう ふるさとへ
神の家 神の家