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Posted on 23/7月/2018(月)

ご浄霊とおひかりについて

ご浄霊とおひかりについて

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信徒各位
現在、世界救世教は、重大な変革の時を迎えており、その時期に際し、教団を、教費や献金で支えている信徒の方々は、なにが起きているかを知る権利があります。ですから私たちいづのめ教区では、できる限りの情報を皆様に共有させていただいています。
しかし残念なことに、信徒の目を真実から背けさせる目的をもって、「教団浄化の話はしない」「すべては神様がされているのだから、黙っていればよい」「とにかく浄霊をしよう」という声をよく聞きます。
確かに、浄霊は本教にとって何より大切なことであり、浄霊なくして世界救世教は無いと言っても過言ではありません。
ここで考えなければいけないことは、私たちは、なぜ浄霊をさせていただけるのか、ということです。
それは、おひかりをいただいているからです。信徒は、おひかりがなければ浄霊をさせていただくことはできません。これは一見単純ではありますが、重大な事実です。
そして、世界救世教の世界中のすべての信徒のおひかりは、教主様によってご入霊されてはじめて、「おひかり」となるのです。教主様からのご入霊のないおひかりは、ただの物質です。あなたのおひかりも、あなたのセンターに集う信徒のおひかりも、聖地に集う信徒のおひかりも、どれももれなく、教主様によってご入霊されたものです。
1935年、明主様が初代教主様としてご立教されてから、世界救世教の信徒となった方々はすべて、日本であろうがアフリカであろうがブラジルであろうが、教主様がご入霊されたおひかりをいただき、浄霊を取り次ぎ、御用をしてまいりましたし、今もしています。
二代様の時も、三代様の時も、現岡田陽一教主様の時も、まったく同じです。世界救世教の信徒となった人はみな、もれなく、教主様からのご入霊があるおひかりをいただき、そして浄霊を取り次いでいるのです。その数は、何百万体にも及ぶでしょう。そのすべてのおひかりは、どの時代であっても、教主様によってご入霊をされたものです。
つまり、言うまでもないことですが、世界救世教における、教主様の働きというのは大変大きなものがある、ということです。私たちは簡単に「とにかく浄霊を取り次ごう」と口にしますが、もしそう口にする方が教主様を否定するのであれば、自分のかけているおひかりを否定することになり、結果的に、浄霊を取り次ぐことも否定することになります。
日本の「世界救世教・包括役員会」と称する方々は、岡田陽一教主様の推戴を取り消したと一方的に主張していますが、次期教主について、つまり、五代教主について発表していません。もし役員の中から教主を選ぶのであれば、これからは、役員がおひかりのご入霊をすることになります。これは世界中の信徒にとって大変重要な問題です。
もし世界の国々が、日本の包括役員会と称する方々を容認し、従っていくならば、それらの国々においては、これからは、「教主」と名乗る「役員」がご入霊をしたおひかりをかけて、浄霊を取り次いでいく、ということになるわけです。
もしそのようなことになれば、これは、今までの世界救世教の歴史の否定であります。おひかりの否定であり、浄霊の否定であります。そして、浄霊による奇蹟の否定であり、明主様のご神業の否定であります。一言で言えば、世界救世教の終焉であります。
信徒の皆様は、このことにつき、それぞれの国の本部に明確な返答、姿勢を求める権利を有していると思います。そうでなければ、私たちはどうやって安心してご浄霊を取り次げるのでしょうか?どうやって安心してお導きをし、その信徒に新しいおひかりをかけることができるのでしょうか?
これは、ご神体も同じことです。世界中のご神体も、もれなく、教主様がご入霊をしてくださったものであります。
私たち主之光教団・いづのめ教区は、これからもおひかりをいただき、そしてご浄霊を取り次がせていただきたいと考えています。ですから、どこまでも教主様と教主の座を大切にしています。
教主様をないがしろにしている方々が、「とにかく浄霊が大事だ」「だまって浄霊を取り次げばいいのだ」と言っているとしたら、それは、ただ、浄霊を利用しているだけです。浄霊が大切だ、と言えば誰も否定できないと高をくくっているからです。明主様が教えてくださった大切なご浄霊を利用する、明主様、そして神様へのとんでもない不敬行為です。
教主様をないがしろにした浄霊は、浄霊ではありません。教主様がご入霊されたおひかりを軽視した浄霊は、浄霊ではありません。
今後、「教主の推戴を取り消した」という決定をしたと主張している方々や、その主張を受け入れている方々をよく見ていく必要があると思います。彼らが、教主様によってご入霊されたおひかりを首にかけご浄霊を取り次ぐのかどうか、よく見ていく必要があると思います。
教主様を否定するならば、おひかりの中の光を否定し、霊をも否定することになります。教主様を否定した方々は、これからどうやってご浄霊を取り次ぐつもりなのでしょうか。教主様によってご入霊されたおひかりは処分し、「役員」や他の専従者によってご入霊されたおひかりと交換しようとでもいうのでしょうか。
私たちいづのめ教区では、これからも、教主様からご入霊をいただいたおひかりをいただいてまいります。
現在、日本のいづのめ教団も、ブラジル本部も、そして、世界の多くの国々では、今までに教主様からご入霊をいただいたおひかりがまだ残っているため、しばらくの間は、問題ないでしょう。しかし、ひとたびその在庫が切れた時はどうするのでしょうか。役員がご入霊をしようとでもいうのでしょうか。繰り返しますが、それは、明主様の否定であり、歴代教主様の否定であり、教主様の否定であり、ご浄霊の否定であり、明主様のご神業の否定であり、世界救世教の終焉であります。
次回ご浄霊を取り次ぐ時、上記のことをよくよく考えていただきたいと思います。
平成30年7月23日
いづのめ教区 広報