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Posted on 07/7月/2019(日)

2019.7.7 月次祭並びにブラジル世界信徒大会 教主様お言葉

2019.7.7 月次祭並びにブラジル世界信徒大会 教主様お言葉

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於:サンパウロ・ブラジル

 

皆様、本日は、月次祭並びにブラジル世界信徒大会おめでとうございます。

ブラジルを始め、世界各地からこのサンパウロにお集まりになった皆様と共に、本日の祭典を執り行わせていただき、また、こうして皆様に親しくお会いし、今日の日を迎えられた喜びを、皆様と共にさせていただくことができ、感動で胸がいっぱいであります。

 

昨年10月12 日、このブラジルにおいて、全世界に先駆けて、「世界メシア教」が設立されました。

このことは、ナガエ理事長を中心とする方々が、多くの困難を乗り越えて、明主様がお示しくださった真(まこと)の救いの道を何としても歩まれたいという、ひたむきな情熱とご尽力あればこそのことであり、心より感謝いたしております。

ナガエ理事長、そして、理事長と共に立ち上がってくださった皆様、誠にありがとうございました。

この「世界メシア教」は、明主様が1950年2月4日、それまであった2つの教団を解散して創立された新しい教団の名前であります。

当時、この新しい教団の開教について、明主様は、これはご自身の意志の発露によるものではなく、神のご意志によるものであり、新しい段階に入ったと信じ、全人類の救いのために、キリスト教と呼応して、新しい教団としての使命を果たしていかれたい旨、力強く訴えられました。

今日お集まりのブラジル信徒の皆様は、このブラジルにおいて設立された「世界メシア教」という新しい教団の信徒となられることを決断し、明確に意思表示された方々であると思います。大変心強く、心より感謝いたしております。

私は、今日こうして皆様にお目にかかり、皆様が今日まで歩んでこられた道のりに思いをいたすとともに、明主様がお示しくださった、全く新しい段階の信仰の道を歩むべく、私と思いを共にしてくださる方々が、こんなにも大勢いらっしゃることを目の当たりにし、感慨無量であります。

と同時に、私どもを大きな愛によって養い育て、力強く導いておられる主神に対し、私ども一同、明主様と共にあるメシヤの御名にあって、心からなる感謝をお捧げ申し上げたいと思います。

 

振り返ってみますと、かつての私どもは、神様という存在を教えられてはいても、目にも見えず、声も聞こえないために、自分と離れたどこかにおられる神様として、ただ漠然と信じているという状態でありました。

日々の生活の中で、神様を信じようとはしていても、どうしても自分の願いが先立ってしまい、本当に神様が何を願っておられるのか、自分をどのようにご覧になっているのか、ということなど考える余裕すらなかったような気がいたします。

地上天国建設、人類救済の御教えも、自分たちの理解や都合に合わせて受けとめて、自分たちにとって都合のよいことが実現するようにと祈り、待ち望む姿でありました。

何事においても、神様のお働きを自分の尺度や都合で評価し、自分が何かを願い、その実現を願う時だけに必要な神様であり、自分の願っていることが叶えられた時にだけ喜び、神様、明主様に感謝し、周囲に感謝していたように思います。

このように、私どもは、どこまで行っても、人間を主体にした祈りであり、感謝であり、人間を主体にした信仰であり、実践でありました。

 

明主様は、そうした私どもの心を開いてくださいました。

神様は、明主様を通して、私どもを全く新しい世界に引き入れてくださったのです。

そして、私どもの心の中に頑(かたく)ななもの、思い上がったものがあることに気づかせてくださいました。

と同時に、私どもの中には、実に、光があり、私どもの命は神様の命であること、そして、どんな時でも神様が私どもをお使いになっていることを信じることのできる心を開いてくださいました。

そして、その神様を求め、その神様にお仕えしなければならない、と思えるように導いてくださいました。

私は今、神様は、私ども人間がどんなに頑(かたく)なで、思い上がり、神様をないがしろにしていたとしても、私どもの心を少しでも神様という存在に向けさせようと、私どもを赦し、常に大きな愛をもって、私どもを一生懸命導いてくださっていると思わざるを得ません。

何という大きな親の赦しなのでしょうか。何という深い親の愛なのでしょうか。

それは、ひとえに、神様が私どもをご自身の子とするためです。

 

明主様は、この地上にお生まれになり、私どもが地上での名前を持たされたように、岡田茂吉というお名前をお持ちになりました。そして、そのご生涯は、様々な困難と苦労の連続でありました。

しかしながら、それだけではなく、明主様は、ご自身の中に主神が生きておられる、と感じ取られ、その確信を持つに至られ、それを私どもに、また、多くの人々に分け与えようとされる主神の御用のために、全身全霊を捧げられました。

そして、今から約65年前、ご昇天の前の年の1954年、脳溢血という重い病のさなかにあって、明主様は、ご自身が「生まれ変わる」のではなく、「新しく生まれる」と仰せになると同時に、「メシヤが生まれた」と仰せになりました。

このことは、明主様が主神に仕える子供、すなわち、主神のみ業を受け継ぎ、表現する者となられたことを示すものであると思います。

 

創造主であられる唯一の神・主神は、生きておられます。私どもの中で生きておられます。

自分の中に主神が生きていらっしゃると感じ取ること、そして、そう断言することは、大変難しいことです。

このことは、人間の知恵や理屈で理解することではありません。

主神の創造の目的は、ご自身の子供をお生みになることであり、それは、私ども人間の側から言えば、私どもが主神の子供として新しく生まれ、主神の子供とならせていただくことであると思います。

明主様がお説きになった地上天国建設も人類救済も、その他の数々の御教えや御歌も、そして、浄霊も、自然農法も、芸術も、また、明主様のご事蹟も生きざまも、そのすべての根底にある主神の思いは、私どもをご自身の子供とするということであります。

政治も、経済も、宗教も、科学も、あらゆる思想も、主神が私どもをご自身の子供とするために用意してくださったものであります。

すべての源は主神であります。言葉の源も主神です。

すべては主神が現れるためにあるのです。

私どもは、主神が現れるためにいるのです。

明主様は、主神の子供として新しくお生まれになりました。

新しくお生まれになり、地上でのご神業を全うされた明主様は今、主神のみもとにあって、主神が現れるための御用にお仕えになっていらっしゃいます。

そして、主神は、ご自身を現されるために、明主様を先頭にして、私どもをお使いになっておられます。

このように、主神は、私ども一人ひとりを必要としておられるのです。

ここに、明主様に結ばれた私ども一人ひとりに与えられた使命と役割があると思います。

ですから、私どもは、明主様にお縋(すが)りして生きていくだけではなく、明主様を模範とし、明主様に倣って、生まれ変わるのではなく、新しく生まれなければなりません。

なぜならば、明主様は、私どものために、私どもの先駆けとして、新しくお生まれになったからです。

このことは、架空のことではありません。

主神が創造をお始めになる前に、そのように決めておられたのです。

ですから、私どもが新しく生まれさせていただける、とそう少しでも思えるとしたら、それを信じ、また、そう思えないとしても、そうならなければならない、と自分の心の中で決心すべきであると思います。

小さな、小さな望みに生きるのではなく、大きな望みをもって生きてまいりましょう。

そうでなければ、何の人生、何の生きがいでありましょう。

私どもは、主神の子供とならせていただけるのです。

永遠の命に生きる子供として、すべてを赦し、浄め、救い、甦らせる主神のみ業にお仕えさせていただけるのです。

これ以上の恵みがあるでしょうか。

 

明主様は、先程申し上げた、メシヤ降誕ご発表の折に、お身体の回復が見られないにもかかわらず、この時発せられた第一声は、「ずいぶん若くなってるよ私のほうは」というお言葉です。

「ずいぶん若くなってるよ」というお言葉のあとに「私のほうは」と付け加えておられるということは、〝お前たちの方はどうだい〟と、私ども一人ひとりに課せられた問題として、問いかけておられたのではないでしょうか。

そのように思わせていただいたならば、私どもは今、〝明主様と共にわたしも若くならせていただきました。ありがとうございます〟とお返事させていただかなければならないのではないでしょうか。

皆様、今お返事させていただきましょう。

 

   明主様と共にわたしも若くならせていただきました。

   ありがとうございます。

 

65年経って、やっと明主様にお返事させていただけました。

私どもは、明主様と共にあるメシヤの御名にあって、主神の赦しをお受けし、若々しく新しい命に甦らせていただいたものとして、父母先祖の方々と共に、そして、万物と共に、自らの始まりの天国に立ち返らせていただきましょう。

そして、私どものうちにおられる明主様を先頭に、すべてを新しいものに造り替えるという、未来を創造する主神の全く新しい救いのみ業に、倦(う)まず弛(たゆ)まず、お仕えさせていただきましょう。

ありがとうございました。

 

印刷用PDF:20190707 月次祭・ブラジル世界信徒大会_教主様お言葉