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Posted on 22/12月/2019(日)

2019.11.1 十一月度月次祭 成井理事長挨拶

2019.11.1 十一月度月次祭 成井理事長挨拶

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於:本部ご神前
 
 
 皆様、月次祭、おめでとうございます。
 秋の深まりとともに、夜空の月が冴()え渡る頃となりました。
 
 只今は、祭儀を司る教主様の篤いお祈りに包まれて、月次祭を厳粛に執り行わせていただけましたこと、主神と、主神と共におられる明主様に、心より感謝申し上げたいと存じます。
 
 はじめに、今年は、日本列島が大きな台風や豪雨に何度も見舞われ、各地で大きな被害が発生いたしました。
 秋季大祭の折に、教主様が祈りを捧げてくださいましたように、本日の祭典におきましても、皆様とご一緒に、復旧復興が順調に進められますよう願わせていただくとともに、犠牲になられた方々、被害に遭われている方々、また、関わりあるすべての方々と共に、赦され、生きたものとして天国に迎え入れてくださいますよう、明主様と共にあるメシヤの御名にあって、主神に委ねさせていただきました。
 
 先ほどは、全国の信徒の皆様を代表して、神静教区神奈川東布教区相模教会の大村好見さんより、教主様のご教導を通していただかれた、大切な気づきと喜びをご奉告いただきました。
 このご奉告は、神様から私ども一人ひとりにいただいたみ恵みであると受け止め、私も思いを共にして神様にご奉告させていただきました。ありがとうございました。
 
 さて、先般、私どもは、教主様が祭主を務められる中で、全国の皆様と共に、秋季大祭を厳粛且つ盛大に執り行わせていただきました。
 その後、教主様は、先月27日にここ本部ご神前において執り行われた「在日ブラジル人信徒祖霊大祭」にご出座くださり、その翌日には、ヨーロッパご巡教に出発されました。
 教主様におかれましては、日々ご多忙極まるご神務にもかかわらず、常に、私どものために、明主様の真(まこと)の救いについてご教導くださっておりますこと、また、まゆみ奥様、そして、教主様の後継者であられる真明様と共に、いつの時も私どもすべての信徒に温かいお心をもって接してくださいますこと、誠にありがたいことと心から御礼申し上げます。
 
 私どもは、明主様がお示しくださった、全人類に対する新しい段階の救いのみ業にお仕えするため、先月の930日を期して、教主様のもとに、全信徒が一丸となって歩ませていただく新体制をお許しいただきました。
 そうした中で迎えた秋季大祭において、教主様は、
 
 この新体制の発足は、人間が計画を立てて、それを実行したかのように思えますが、それだけではなく、明主様と共におられる主神の御心と御力がなければ決して成し得なかったことである、と私は思います。
 
 と仰せになり、そして続けて、次のようにご教導くださいました。
 
 私ども人類は、主神のものすべてをあたかも自分たちのもののようにし、自分たちのもののように使っておりました。
 主神の永遠の命と意識と魂を、そして、息を自分のものとし、万物を自分のものとし、地球を自分のものとしておりました。
 そして、神と人との間に垣根を作り、天国と地上との間に垣根を作ってしまいました。
 そうすることによって、私どものお互いの間にも垣根を作ってしまいました。
 そうした高慢で思い上がった私ども人類の罪を、主神は大きな愛をもって贖(あがな)い、赦してくださいました。
 それは、ひとえに、私どもをご自身の子・メシヤとするためです。
 
 教主様は、このようにお示しくださいました。
 私は、この度の教団の新体制について、全人類のための、ひいては、神様が何よりも私自身の心を新しく造り替えてくださるための新体制であることを、深く心に刻まなければと受け止めさせていただきました。
 そして、私どもの思いや願いが現れるための新体制ではなく、全人類をただの一人も漏れ落ちることなく天国に迎え入れてくださる、主神とその御旨が現れるための新体制であることを、自らの心に銘記させていただきました。
 私は、自らの人生において、また、信仰において、自分の願いや都合をもって神様の愛と赦しを常に求め、その結果に一喜一憂を繰り返してきた自らの姿に、教主様のご教導により初めて気づかせていただきました。
 教主様は、「高慢で思い上がった私ども人類の罪」と仰せになりましたが、神様に対し高慢で思い上がり、神を畏れることに無知であったのは他ならぬ私自身であったことに、今私は、本当に気づかなければならないと思わせていただいております。
 そして、千載一遇の主神の赦しを真(しん)にお受けさせていただきたいと、心から思わせていただいております。
 
 また、真明様は、この度の大祭において、
 
 明主様の信徒である私たちが、教祖である明主様に倣いたいのか、倣いたくないのか。明主様を模範としたいのか、したくないのか。この一点に尽きると思います。教主様は、この一点のみを私たちに問うてきておられると思います。
 では、その明主様のご生涯の結末、宗教人生の結末、集大成はなんなのかと。それが、「メシヤとして新しく生まれる」ということでありました。これは架空のことではなく、現実に起きた、紛(まぎ)れもない事実です。
 
 真明様は、このように仰せになり、そして続けて、
 
 私たち自身も、明主様に対して迫害のようなことをしてはいないと思うかもしれないけれども、明主様が、ご自身の宗教団体に、世界救世(メシヤ)教という名前を付けて、メシヤ会館という名前を遺(のこ)されて、メシヤとして新しく生まれるということも遺されていたけれども、私たちはそのことを、何十年間も、事実上、抹殺してきたのではないのかなと思います。
 
 真明様は、このようにお話しくださいました。
 私は、明主様が、全人類とその父母先祖、そして、万物と共に、「メシヤ降誕」をお受けになったことを心から信じます。
 そして、私ども一人ひとりのうちに、「世界救世(メシヤ)教」開教のみ心を置いてくださり、メシヤの御名にある計り知れない主神の赦しを告げ知らせてくださっていたことを、固く信じて進ませていただきます。
 私は、教主様が、真善美10月号においてご発表くださいました、「新しく生まれ給ひし明主様(めいしゅさま)の息は我らが内にあるなり」のお歌を、心の中心に真っ直ぐにお受けさせていただきたいと今思わせていただいております。
 
 本日111日を期して、新体制のもと全国に166の教会が誕生いたしました。
 秋季大祭の折、教会ということにつき、教主様は、
 
 この度の新体制の中で、すべての拠点を教会と呼ばせていただくことになりました。
 私どもがそのように呼ぶことを、主神は許してくださいました。
 施設が大きかろうが小さかろうが、人数が多かろうが少なかろうが、たとえ数人であっても、主神が教会としてお使いくださるのです。
 建物だけが教会なのではありません。私ども自身が教会なのです。
 
 と仰せになり、続けて、
 
 教会が数多くあっても、真(まこと)の教会は一つ、明主様と共にあるメシヤの御名という教会です。
 私どもは、明主様と共に、メシヤという唯一の御名の教会に結ばれた、み手足としての教会なのです。
 主神は、私どもが心と思いを捧げ、ご自身のみ手足としての教会の御用に仕えることを許してくださっているのです。
 新体制を推し進めていく中で、私どもの中に、善し悪しを越えて、様々な思いが表面化するでありましょう。
 そうした思いも、例外なく、すべて教会に結ばれたものとして、メシヤの御名にあって主神に委ねさせていただけるのです。
 
 教主様は、このようにご明示くださいました。
 この新体制の中で、私の心にも、そして、全国の信徒の皆様の心にも、様々な思いが浮かび上がってくることと思います。
 私は、そのような思いにこそ、神様が、私どもをはじめ全人類の赦されなければならなかった姿をお示しくださっているものとして、明主様と共にあるメシヤの御名にあって、その赦しをお受けし、感謝をもって主神に委ねさせていただきます。
 このようにして、私は、教主様が、「私は、すべてのものを例外なく、血による贖いによって赦し、救い、甦らせ、新しく生まれさせるという働きこそ、教会の働きであると思います」とお示しくださいましたように、これからも、神様がお使いになる「教会」としての御用に、ひたむきにお仕えしてまいります。
 そして、私どもは、真(まこと)の天国の福音である「神様の子どもとなるために」のリーフレットの配布とともに、こうした想念の御用にお使いいただくことこそが、真明様が秋季大祭の折に仰せになったように、明主様が指し示された万教帰一の道であり、人類救済、地上天国建設の唯一の道であると信じて進ませていただきたいと存じます。
 
 皆様、教主様のもとで、明主様の真実の救いの灯()を燃やし続けていく千載一遇の務めに、大いなる感謝と希望を胸に、一丸となってお仕えしてまいりましょう。
 ありがとうございました。

 

印刷用PDF:20191101_11月度月次祭_成井理事長挨拶